Asako

記事一覧(77)

グレーゾーンは、そのままで。

アロマセラピストの割に、精油ではなく自分と向き合う記事が続きますが、ご興味ありましたら、お付き合い下さいませ〜さてさて。前回の記事、理解しようとするのをやめるだけ に理解しようと頭を働かせようとしながら読むのではなく、ただ、感ずるままに、言葉に出来ない時はそのままに、消化出来ない時はそのままに、ただ、今の私が読んでどう感じるか。シンプルにそれだけでいい、分からなかった、なら分からなかった、それでいい。こんな風に書いたのですが、そんな風に読書を楽しめるようになって出会った本、養老孟司さんとC.W ニコルさんの対談をまとめた<「身体」を忘れた日本人 >この本の第6章「暗いところがなくなった」を読んだことで、知らないことを知る、ということの本質的な部分に触れられたような気がしました。何が書かれていたのか、要約しますと、・わからないことがあることを、留保しておかないと謙虚にならない。(=学問をするということは、自分はものが知らないという前提)・現代人は「説明されればわかる」という人たちが多いけれど、 自然に接していればその考えは消える。 でもそういう人たちは自然、危険と隣り合わせのところには 行かない。(=世界が狭くなる)ざっくり過ぎてごめんなさい。本文はこちらの書籍をご確認下さいm(_ _)m個人的に、現代人がこれからを生きるために、必要なエッセンスが詰まってるかなと感じました!

制限の中で生まれる無限

最近「制限」ということ、もう少し言うと「制限を取り払う」ことについて考えることが多くて。この2月3月は、今までの人生を振り返り、自分を見つめ、今後の人生をどう創っていくかということに多くの時間を割きました。その中で、いかに今まで多くの「思い込み」が自分を「制限」し、自分の生き方や考え方を窮屈なものにして、時に他人までも制限しようとして人間関係でも葛藤が生まれるということがよく分かって、(社会的常識やしつけ、それに基づく経験によって形成された自我意識の一つかなぁ)「思い込み」の枠の外に出て、その上で自分はどう在りたいか、制限かけていくことをやめて、そんな心持ちで1日1日を積み重ねていこうと決めたんです。そうしたら、だいぶ心持ちが違ってきて毎日が楽しく(ウキウキとかじゃなくて静かな愉しみとでもいうのでしょうか)過ごせるようになって。制限を外していくことは人生を楽しく過ごすポイントかも。そんな風に思い始めたのです。で、です。歌舞伎のことが大好きなのですが、ある種の「制限」だらけの世界だなと。俳優さんたちは己の表現の自由をある種「縛られて」いて、俳優としてもっと「自由」にやりたくないのかな?とか。今更ながら(歌舞伎ファン歴10年ちょっと)で思い始めた訳です。笑でも、自由すぎたら成立しない世界であることもファンであるからこそ存分に分かっていて。制限を外したいという自分の願望と、恐れ多くも歌舞伎の世界を照らし合わせてみた結果、疑問を抱えたまま観劇することになったのです。

形はなんであれ

前々回と、前回の記事を書いて繋がったこと。映画グレイテスト・ショーマン、そしてデザイナージバンシーのメッセージ。まさかまさか、同じところに着地するとは思いませんでした。そのままの自分で在る、どんな状況でも自分の心を信じて生きていく、そのパワフルなメッセージ。そして、内面と外面の調和が美しさであり、私が私らしくいることこそがエレガンスというメッセージ。どちらも自分らしく生きていくこと、今のまんまの自分を社会に向けて取り繕わずに生きていく嘘偽りのない自分でいることの大切さが共通のメッセージだと思うのですが。そして、興味深いのがこの2つのメッセージの発信点は真逆だなと。かたやある種醜いとされ隔離された人々を見世物にするフリークショー。かたや女優や公妃や大統領夫人という華やかな女性を美しくするエレガントな服飾デザイン。それでも、着地点は同じ。自分に正直に生きよう。自分に嘘がない状態の追求。自分がこのままで生きていくために、自分が魂を込められるものを送り出すために。自分に嘘がないってきっと生命力に溢れている。そうすると活気があって情熱もあってアイデアも浮かんで行動力も増して生きることに主体的であれる。だからまずは、自分をジャッジすること責めることをやめて、ホッと一息つくことが大事。自分の感覚に正直になる。お腹空いてる?何が食べたい?眠りたい?何時に起きる?お風呂にいつ入る?本当に本当に、細かいところから。それが、自分らしく生きるための最初の一歩。そのうちに生命力も戻って、むしろ溢れるようになって、自分として生きられるようになる。そうしたら何をしてもいいのだ、フリークショーであれオートクチュールデザインであれ、なんでもいいんです。私もどんなんでもいーーーーのだっ!!!今を楽しみ、人生を楽しみ、めいっぱい生きていこう。歩みの止まる時もある。それは次の一歩を力強く踏み出すための、大事な期間。心配しなくて大丈夫。***

坂東玉三郎 初春特別舞踊公演

2018年、初観劇は玉三郎様だなんて、なんて幸先が良いのでしょう。大阪・松竹座にて。夢のような時間でした。前回歌舞伎座で拝見した時は、あの世とこの世の“はざま”にいるような感覚に陥ったのですが、今回は美しさの中に引きずり込まれるような・・・本当に唯一無二の方です。この先、ここまでの方にはそうそう巡り合わないというか、生まれないというか。上から目線のようで恐縮ですが、ご自身の踊りやお芝居、お化粧、お衣装。そして同様に出演者のこと。大道具、小道具。そしてその先、と言うのかその前と言いますか、例えば衣装一つとっても、その絹を紡ぐ方や、お蚕さんを育てる方への想い。並大抵の人間では届かないような細部までへの細やかな想いと情熱。実際に生産者さんのもとへ出向き、消えそうな伝統産業に灯火をつけるべく、極めて高度な依頼をしたり。(職人さんがほとんどいなかったり機械もなかったりで大変そうなのですが)もちろん舞台のクオリティのためということもあるかと思いますが、難しい技術を習得や継承によって次世代へ残すため、でもあるのですよね、きっと。筋書き(プログラム)一つとっても、ものすごく丁寧に作られていて。勉強になるのでついつい読み進めてしまします。(そこに生産者さんとのやりとりが載っていましたし、 失われつつある日本の伝統に対する危惧が述べられていました。)この方と同時代に生きられたことにただひたすら感謝です。

2018年!

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。2018年もどうぞよろしくお願いいたします!さて、さて。年末年始いかがお過ごしでしたでしょうか。私はというと、自分自身を知ることから始めました。3年くらい前から自分を見つめ直す・・・ということをやってきました。自分がどんなことを考え、何に反応しているのか。その出どころとなる価値観はなんなのか?そうすると、願いや目標を叶えたい理由はなんなのか、その出どころを明らかにすることで、何のために叶えるのか出どころの理由が分かった瞬間興ざめして笑不要な望みと分かり、それに割くパワーを使わずにすんだりします。さらに言えば、願い事のその先に叶えたい本当のことは何なのか。それを知ることで必ずしも今現在願っている形でなくても、同じことが味わえる他のことで、自分の願いを叶えたり、叶っていることが知れたりするのです。この年末年始はいつになく、連日続けてその時間を作ることができました。毎日毎日ノートとペンを使ってとにかく疑い、問い続けました。自分を疑うと書くと、自分に自信がないの?とか自分のこと嫌いなの?とかあまり良くないイメージを持たれてしまうかもしれませんね。でも、何か自分の心が反応したことに対して「なぜそう思うのか?」「それは本当か?」きちっと確認することで、何も自分を責めたり否定することでは決してないんです。自分の成長に必要だから、行ってます。イメージとしてはこれまでの自分を「打破」する。打破すると言っても、これまでの自分を打ち負かすのではなくって。自分の見たい景色にたどり着くことを妨害してしまっているのは自分自身であることが多いです。不要な自分自身の価値観を取り除くこと。そして大抵の場合不要と自覚していないので、取り除くためには妨害していると気がつくこと。ところが、実際の障害物競争のように目に見える形で妨害されている訳ではありませんし、そもそもそれが妨害しているとは意識レベルで認識はできませんので、1つ1つ疑ってかかる必要があるわけです。疑心暗鬼になれっていうのではなく、自分自身への好奇心です。なんでそう思うの?私は何を考えているの?自分で自分にインタビュー!です。だって要らない思い込みでひょっとしたら見られるかもしれない景色を見られなくしているかもしれないし、もっと言えば、今見えている景色すらガラッと変えてしまえるかもしれないんです。いえ、確実に変わります。今のままで変われます。意識一つで、見えてくることがある。人生を変えるパワーがあるのです、自分に問うことには。そのおかげで、何度も自分に幻滅して大変でした!笑でも、その度自由になったり信頼度が増したり、安心するんです。重たい荷物を一つ一つおろすイメージ。